穏やかな笑顔でシンプルに暮らす!

シンプルが楽だと気付いちゃった。モノも考え方も。小さく丁寧な暮らしで気付いたことをシェアします。

愛情のシャンパンタワー

愛情のシャンパンタワー

ワタクシはキチントさんとして生きてきました。何でもかんでもしっかりこなす。周りに気を配る。きっと周りの人からはしっかりした頼りになる人。あなたに任せておけば大丈夫なんて言われる人でした。でも周りの目ばかり気にして、自分の感情を抑えていることが多かったんですよね。

自分を粗末にしない

周りからの評価を気にして、周りから嫌われないように、というのが優先事項だった気がします。そのときはまったくそんなつもりはなかったんですけどね。無意識にそういう優先順位をつけていたこと自体が怖いです。

安易な考えですが、嫌われないようにする=周りを優先するという図式だったので、自分の気持ちを抑え込んでいたような気がします。そう、自分を粗末にしていました。

まずは自分に愛情を注ぐ

以前、こんな記事を書きましたが、考え方は似ているかもしれません。

ワタクシがキチントさんをやめる過程で、知人から、愛情のシャンパンタワーという話を聴きました。まずは自分に愛情を注ぐ。自分へ十分に愛情が注がれてあふれる分が周りの人への愛情になる。それはシャンパンタワーのように、身近な人から、友人、会社の同僚など、愛情をかけられる対象が広がっていく。という話です。

なるほど、まずは自分に愛情をたっぷり注ぐことが大切であると。それはもしかしたら今までワタクシが「わがまま」と思っていたことかもしれません。


これが欲しいと言う。それはイヤだと断る。自分の感情を相手に伝える。こんな自分でもまあいいかと受け入れる。サボる。人に任せる。横から正論を言わない。良い人を演じるのをやめる。

無理をするのをやめました。自分の気持ちに素直になる。これは自分に愛情を注ぐということに近いのかもしれません。

心に余裕ができる

するとどうでしょう。たしかに気持ちが楽になりました。他にもいろいろなことが複合して起きたことかもしれませんが、過去のことでくよくよすることも減りました。未来をネガティブシミュレーションして起きてもいないことで不安になることも減りました。

どう表現すればいいでしょうか。過去の後悔、未来の不安が、頭の中をグルグル回る。そんなことばかりが頭の中を支配していましたが、それが減ったおかげか、空白というか、スペースがぽっかり空いたような感じがします。これを心の余裕とでもいうのでしょうか。

周りの人に愛情をかけられる余裕があるのか、ワタクシ自身、実感はないんですが、以前よりも心が穏やかに、気持ちも軽やかに過ごせているのは事実です。

お金も時間も愛情もシャンパンタワーか?

昔からお金に余裕がないと、生活が荒む、心も貧しくなるような気がしていました。だって余裕がないですからね。そりゃ心にも余裕がなくなりますよ。自分が食べていくのにも不安な状態で、募金や寄付できる人はほんの一握りではないでしょうか。

時間も同じような気がします。切羽詰っているときって他人にかまっている余裕ないですよね。急いでないときだったら「いいよ。」って引き受けられることでも、ワタクシだったら自分がめちゃくちゃ急いでる場面で、後回しにして他人の用事を引き受けるなんてできないですからね。

お金と時間については、なんとなく実感できていたのに、愛情は分かっていませんでした。自分に愛情をたっぷり注いで、心に余裕ができる。というのを初めて実感しているかもしれません。このままいけば、身近な人から中心に、だんだん周りにも愛情を注げるようになるのかな?

極端に振れて、バランス取るの法則

ワタクシの中で「極端に振れて、バランス取るの法則」というのが実感できつつあります。今までと一旦逆のことを思いっきりやってみて、ぶつかって跳ね返ってきながら、自分の居心地の良い所に落ち着く、というものです。


(1)キチントさんで生きてきた(左)何か生きづらい。苦しい。

(2)なので、キチントさんをやめたい。今まで怖くてできなかったけど、思い切ってすげぇダラダラといい加減に生きてみる(右)。楽だけど何か気持ち悪い。

(3)なので、キチントさん方向に少しずつ戻る。でも自分が苦しくなる所までは戻らない。この場合、結果的に若干キチントさん寄りだけど、以前よりはいい加減方向に振れている位置で落ち着く。適度にいい加減。自分が居心地が良いところ。

こんな感じです。

ポイントは、逆に振れるのはめっちゃ怖いってことです。勇気がいるけど、思い切って振れてみるということです。

愛情のシャンパンタワーは実験中

(1)自分より人を優先して生きてきた。自分に愛情を注いでいない。自分を粗末にしている(左)。人生うまくいかない。

(2)嫌われるのが怖くてできなかったけど、思い切って、すげぇ自分の気持ちに素直になる。わがままを言う。サボる。人に任せてみる。という形で自分に愛情を注いでいく。(右)。

今、この状態です。注いでる途中です。すごく心地よいです。
ということは、このまま注ぎ続けると、痛い目を見たり、居心地が悪いところまで行き着くような気がします。

そして、(3)の戻りつつ、居心地の良いところでバランスを取る。という段階になると、自分に愛情を注ぐのをベースにして、身近な人にも愛情を注ぐ。という形に落ち着くのではないか?と思っているわけです。そうなる気がしています。なので、今は思いっきり自分に愛情を注ぐ方向に振れているわけです。

というわけで、愛情のシャンパンタワーというのは、自分を大切にする意味ではとてもいい考え方ではないかな。と思っています。

ワタクシの場合、実験途中で、まだグラスが一杯になってませんので、まだまだ注ぎます。一旦極端に振れてみます。そして居心地のよい位置に戻ってきますよ、きっと。

痛い目をみたら、また報告しますね。痛い目を見る前に気付きたいけど。

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