穏やかな笑顔でシンプルに暮らす!

シンプルが楽だと気付いちゃった。モノも考え方も。小さく丁寧な暮らしで気付いたことをシェアします。

普通をやめてみる

普通をやめてみる

以前はよく「普通」という言葉を使っていました。何かを体験した後、「どうだった?」と聞かれて「普通」と答えたり。「おいしい?」と聞かれても「普通」と答えたりしていました。

 

特に変わっていない。ごくありふれている。という意味で「普通」という言葉を使います。これはこれでいいのですが、何かしら感想を言った方がコミュニケーションも良くなりますよね。

 

ワタクシがやめてみよう。という「普通」はもう1つの意味です。

 それが当たり前であること

「普通」という言葉には、「それが当たり前である事」という意味もあります。以前は何とも思わずに使っていた言葉ですが、生きづらくなって様々なことに取組み、様々なことに気付いてから、「普通」という言葉は気を付けて使おうと思うようになりました。

 

例えば「普通そういうことしないよね」とか「普通でしょ?」とか「普通にしなさい」とか。こういう使い方です。

誰にとっての普通ですか

上記の場合の「普通」というのは、「私にとっての常識」とか「みんなと同じように」という意味です。日本では出る杭は打たれる。波風立たない方がいい。横並び。の方が生きやすいのかもしれません。でも、ワタクシはあなたではないし、あなたはワタクシではありません。そうワタクシとあなたは別人。と強く認識するようになってから、この「普通」という言葉がやけに耳に付くようになりました。

 

「普通」という言葉で仲間意識を得たいのか、自分の意見を押し通したいのか。あなたにとっての「普通」であっても、ワタクシにとっての「普通」ではない。という場合、簡単に流されることはなくなりました。「普通○○だよ」と言われたときに「へぇ、そうなんだぁ」と応えると相手の反応が面白かったりしますよ。受け入れてもらえないってムッとしたり、新しい考えにハッとしたりね。そして、ワタクシ自身も「普通」という言葉で自分の考えを相手に押し付けようとすることも止めました。

疑問に思わなくなる

「普通でしょ」と思っていると、「なぜ?」と思わなくなります。つまり明確な答えを持たずに流してしまうようになります。小さいお子さんに「なんで?」と言われたときにハッとしたことはありませんか?「そう言われてみると、なんでだろう」と答えが出なかったりします。当たり前になっていた自分の中の常識「普通」をときには疑ってみると、新しいことに気付いたりします。

 

自分と相手は他人である。という事を認識したら、とても楽に生きられるようになりました。そして、「普通」という言葉に疑問を感じるようになりました。結果として、相手の「普通」に流されなくなり、自分の「普通」を押し付けたりしなくなりました。たった1つの単語ですが、気付いて得られた効果は大きいです。こういう事を積み重ねて、シンプルに楽に生きていこうと思います。

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